お隣の桜

お隣には、父の同級生だった男性が住んでいた。

かつてはうちと同じように二世帯で住まれていたが、やがて娘さんは嫁に行き、お母さんが亡くなり、奧さんも数年前に亡くなり、最終的にはその男性が一人で暮らしていた。

それが昨年末のある日、うちのインターホンが鳴り、その男性が来られたので、父が出た。

しばらく話し込んでいたようだが、妙に考え込んだような顔で父が戻ってきた。

どうしたのか?と聞くと、その男性は最近になって全身癌になっていることが分かり、横浜の娘の近くの施設へ急遽入る為、もう明日引っ越すので、挨拶に来た、とのことだったと言う。

その男性は、父が小学生の頃、うちの隣に引っ越して来て、同い年だったので学校でも同じ学年だったが、極端に社交性の低いところがあり、隣に住んでいながら正直あまり仲良くはなれなかった、といつも言っていた。

しかし私や母からすると、とても誠実そうで、草木の世話が上手く子供好きで、私が小さかった頃は、けっこう可愛がってもらった記憶がある。

(大人になると、道で出会ってもなかなか挨拶をしてくれない感じではあったが😅)

その男性、聞くところによると大学は農学部へ進まれていたようで、庭ではキウイやアボカドなど、いろんな植物を育てられていた。

中でも、大きな桜の木が2本あり、春先にはいつも満開の桜を咲かせていた。

引っ越しの挨拶に来られた時、もうこの家は売ろうと考えているとの事だった。

父は、さほど仲良くなかったとは言え、ずっと隣に住んでいたかつての同級生の急な病と引っ越しの知らせには、さすがにかなりのショックを受けていたようだった。

あれから3ヶ月ほどが経ち、業者が来てお隣の家の中の家財道具等を2日かけて運び出して行っていた。

その約1週間後、お隣が土地を売った業者の方が来られ、数日後には家を解体するので、工事の間騒音などご迷惑をおかけします、と挨拶に来られた。

両親が出てしばらく話し込んでいたが、戻って来て話を聞くと、その立派な桜の木も2本とも抜いて更地にした状態で売りに出し、注文住宅を建てる予定だと言う。

さすがに桜の木を抜いてしまうのは残念だと両親も私も思ったが、どうすることもできない。

結果的に、今週の火・水曜に垣根が取り払われ、桜の木もあっけなく切られてしまった。。

この桜は、父が生まれた時にはもうあったというので、かなりの樹齢だと思う。

何も知らない桜は、今にも咲く準備を始めていた時に、突然切られてしまったのだと思うと、とても胸が痛い。。

結果的に切られてしまうにしても、最後の花を咲かせてやるまで待つことはできなかったものか?

業者の都合上、これ以上スケジュールを延ばすことはきっとできなかったのだとは思う。

人間の都合で簡単に切られてしまう木の運命が、なんだかやるせない。

きっとお隣も今頃、遠くから桜のことを想い、胸を痛めているのではないだろうか。

そんな事を考え、今週は少し悶々とした気持ちで過ごした。。